2005-10-14 18:28:24

私は寂しい、少しぼっと気が遠くなったような心持ちがして [ ブログ ]

揺られながら目の前に移って行く景色を見入っていた。

 道が山の中に入った。その時には私達の馬車は、もうよほど遅くれていた。前の馬車は、二町ばかり先きの松林の中を走っている、と思うと、道が曲って見えなくなった。
 一つ、ゆるい坂を上って下ったと思うと、馬車はさらに勢いよく駆けた。そして、道の行手に二三軒家のあるところにくると、前の馬車がそこに止っている。私の乗っている方の瘠せた馬は躍り上るようにして、それへ駆けつけた。
「休むのか?」とうちから黒羅紗の外套が声をかけた。
「ああ。」と、台の上から馭者が返事をした。
 車が止まった。私は地図を持ったまま外に出た。一時間ばかり乗っていたのだが、もうからだが痛い。私は思う存分、足を伸ばして、凍った雪を踏みながらその家のうしろに出た。寂然(せきぜん)とした冬枯れの山林が小さな田を隔てて前にある。地はすっかり雪が覆(かぶさ)って、その中から太い素直に伸びた若木が、白っぽい枯木の色をして立っている。私はその奥をすかして見た。ただ、雪と、林の木と幹とが見えるばかり。空を見れば、風もなく、烟(けむり)のような灰色の曇った空だ。空疎な、……絶えがたい寂莫な自然の姿だ。
 ギュッと自分のごむ靴の底が雪に鳴った。私は立ったまま手にあった地図と鉛筆とをしっかり握って、しばらくこの寂莫が恐ろしいもののようにその林をすかして見ていた。
 家の前で馬がいなないた。私は心づいて前の方に出て来た。すると、右側の雑貨をならべた家の前に、例の男が、……橋の上も馬車を降りなかった男が立っていた。

Posted by ken at 2005-10-14 18:28:24 | コメント(0) | Trackback(0)